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【解題】以下の論文は、ドイツのアボリショニスト(売買春廃絶論者)であるマヌエラ・ショーンさんが、カナダのラディカル・フェミニスト雑誌『フェミニスト・カレント』の2016年5月9日号に掲載したものです。一部の情報は若干古いですが(たとえば、その後、ドイツでは定額制の店は禁止された)、売買春をトータルに合法化すればいったいどのような悲惨なことが起こるか、いかに国そのものが買春国家、ピンプ国家になるか、性産業による女性に対する暴力がいかにエスカレートするかを示しています。資本主義の利潤原理と女性に対する暴力とが結合したことで生じているドイツの状況は、日本のポルノ産業の状況を彷彿とさせます。筆者本人および『フェミニスト・カレント』編集部の許可を得たうえで、ここに全訳掲載します(ただし、一部の写真は割愛)。
マヌエラ・ショーン
『フェミニスト・カレント』2016年5月9日
ドイツのアボリショニストがドイツの売買春の現状について話すと、何度も同じ反応が返ってくる。「冗談だろう!」とか「そんなことがありうるのか?」と。他の国でプレゼンテーションをすると、聴衆が泣き出したり、新鮮な空気が吸いたいからと休憩を求めてきたりすることがよくある。ドイツでも同じような発表をすると怒りを引き起こすが、人々はそうした状況に慣れてしまっているのか、聴衆の感情的反応は抑えられている。実際、ドイツ人男性はアボリショニストのイベントで公然と誇らしげに自分が買春者であることを公表することがよくある。ドイツでは買春客であることを恥じることではない。これは、何十年にもわたる合法化された売買春が社会のあり方を形づくっていることを示す明白で憂慮すべき兆候である。
売買春の被害を直視しなければ、それに気づかないことは簡単であるし、すべての女性が売買春の現実によって影響を受けているが、性産業に直接関わっていないほとんどの人は、売買春の中で何が行われているのかについて限られた知識しか持っていない。私たちはみな、売買春を普通のものにすることが何を意味するのか、また、それに反撃するのに十分なことをしてきたかどうかを、正直に自問自答しなければならない。単に「私は個人的に売春の影響を受けていないし、もっと重要なことがある」と言ってすますことは許されない。売買春のように深刻な人権侵害が発覚した場合、私たちにはそれに対処する責任がある。ドイツの状況を率直に直視するなら、行動が切実に必要であることは明らかだ。
売買春の政治学と経済学
一般的に信じられていることとは反対に、20世紀初頭の短い期間を除けば、2001年の売春法(Prostitutionsgesetz)が成立する以前も、ドイツでは100年以上前から売買春は事実上合法であった。この法案はドイツ社会民主党(SPD)と緑の党(Bündnis 90/Die Grünen)によって提出され、ドイツのリベラル政党である自由民主党と民主的社会主義党(現在は左翼党 Die Linekと呼ばれている)が支持した。反対したのは保守派の政党だけだった。
この法は実際には、売買春の合法化そのものよりも、ピンプ行為の合法化と関係があるのだが、同法は、売買春はもはや国の「善良な道徳に反している」とはみなされないと定めている。かつて「公序良俗違反」というと、何らかの搾取事例に関わる訴訟事件において、それが社会の公序良俗に反する事件として扱われることを意味していたのに対し、このルールはもはや売買春に関しては適用されなくなったということである。その古風な名前にもかかわらず、公序良俗違反は、法律で明示的に規制されていない分野での搾取や非倫理的な商取引、たとえば、極端に低い賃金、家賃の値上げ、非常に高い金利などに異議を唱えることを可能にする唯一の手段であった。売買春をこの「公序良俗」のルールから除外するという決定は、進歩的に聞こえたかもしれないが、実際には売買春の中の女性を搾取することをより容易にしてしまった。
わが国の政治家たちは、この「大成功」をシャンパンで祝って、新しい「普通」に完全に乗っかった。キリスト教社会同盟(CSU)でさえ、ダッハウの売春店の建設に関与し、それを「まったく普通のビジネス」と呼んだ。このプロジェクトで電気技師として働いていたヘルメート・エルホルンは、「素晴らしいサウナ、リラックスするためのジャグジーなど、素晴らしいものができたと思う。これはダッハウで最も美しい施設になるだろう。[……]このような場所が街には必要だ」と語った。
「地下に潜っている」ドイツの売買春
北欧モデルの反対派はそれを貶めようと、スウェーデンでは売買春は実際には減少していない、代わりに「地下に潜った」と反論する。もちろん、これは真実ではない。北欧モデルが10年以上も続いているスウェーデンの法執行機関やソーシャルワーカーは、売買春や買春客を見つけ出すことにとくに困難はないと言っている。唯一の問題は、これらの状況に対処するための資源を見つけることだ。
売春法は、ピンプ行為を合法化したことに加えて、被買春者たちを正規の被雇用者にして、これらの人々が課税の対象となり、社会的給付にアクセスできるようにした。しかし、推定40万人から100万人いる被買春者のうち、社会的給付にアクセスするために売春婦として登録した人はわずか44人にすぎない。
私の故郷であり、ヘッセン州の州都でもあるヴィースバーデン(人口28万人)では、市内でどれだけの人が買春されているのか役人は知らないが、「ヴィースバーデンはあまりにブルジョワ的だからあまり大きな需要はない」と言って、250人程度ではないかと推測している。しかし、自分なりに調べた結果、市内で働いている被買春女性(とトランス女性)は1000人に上ることがわかった。これは250人よりもはるかに現実的な数字であり、アイルランド全土にいる被買春女性の数とほぼ同じである。市内には、「サウナクラブ」と最近オープンした「定額制」クラブの2つの(比較的小規模な)売春店しかない。しかし、ほとんどの売買春は市内の至る所にあるアパートで行なわれており、売春店が禁止されている地域でも許可されている。また、男性が被買春女性を見つけることができるポルノ劇場、「ティークラブ」(主にトルコやアラブの男性にサービスを提供し、主にブルガリアやルーマニアの女性が働いている)、通常のエスコート売春〔日本のデリヘルに近い〕、そしてもちろんオンライン売春もある。パラダイス(Paradise)やパシャ(Pascha)のようなメガ売春店のような知名度がないため、ほとんどの人はミクロ売春店が自分の近所にあることを知って驚くのである。
さらに組織犯罪の問題がある。ヘルズ・エンジェルス〔バイカーの国際ギャング集団〕、モンゴルス、バンディドス、ユナイテッド・トリビューンズなどの組織犯罪集団が、ドイツのさまざまな都市で売買春や赤線地区を支配している。例えば、ハンブルクとフランクフルトはヘルズ・エンジェルスの手中にあり、シュトゥットガルトとヴィリンゲン・シュヴェニンゲンではユナイテッド・トリビューンズが売買春を支配している。このような現実にもかかわらず、合法化をめぐる一般的な言説は、性産業に組織犯罪が深く関与していることよりも、女性の「自由選択」に焦点を当てる傾向がある。
この業界を「オープンに」することで得られるとされている社会的給付を受けている人がごくわずかだという事実と合わせて考えると、ドイツの売買春の大部分は実際には「地下に潜っている」と言うべきではないだろうか。
教育制度にも入り込む売買春
国際家族計画連盟(IPPF)の一員であるプロファミリアは、学校の性教育教材のアドバイスを行なっている団体である。彼らがティーンエイジャー向けに推奨している教材の中に、「Sexualpädagogik der Vielfalt」(大雑把に訳すと「性的多様性の教育学」という意味)という本がある。この本には、生徒たちにセックスの体位に名前をつけてもらい、「性風俗店を近代化する」というプロジェクトのための提案や資料が含まれている。小グループに分かれて、「Freudenhaus der sexuellen Lebenslust」(「性的な生活欲求の快楽ハウス」という意味)が提供すべき「サービス」について話し合う。
このような内容がカリキュラムに導入されることに抗議した人々は、「反動的」「保守的」「上品ぶっている」と非難された。
ヘッセン州の教員組合(GEW)の組合員には、2006年から2015年までの間、「ドナ・カルメン」と呼ばれる非犯罪化推進派ロビー団体が教える高度な教員養成コースを提供されてきた。教師は参加することで職業訓練の単位認定を集めることができた(昨年、組合員総会はこれらのコースを教育プログラムから排除することを決定した)。
ドイツでは、高校生のあいだでさえ買春が常態化したことで、若い男たちが高校卒業を祝う(「アビトゥア」と呼ばれる)ために、性風俗店でいっしょに買春をするようになった。ここでは、16歳の少年たちが地元の売春アパートでセックスを買いに行くことは何ら問題になっていない(私の近所でも定期的に見かけることだ)。
「欲望はいけてる」
「Geiz ist geil」とは、ドイツの広告やマーケティングキャンペーンでよく使われるフレーズだ。「欲望はいけてる(greed is hot)」とか「貪欲でいい」とかいう意味だ。当然のことながら、この考え方――何でもできるだけ安く手に入れることができるべきという発想――は売春市場にも適用される。女性は商品として売られているのだから、商品である以上、できるだけ安くなければならない。売春店のオーナーたちは、最高のバーゲン商品を提供しようと前のめりになる。
2009年6月5日にオープンした定額制の売春チェーン店「プッシークラブ」(下の写真)は、オープン初日に1700人もの男性が行列を作ったことで話題になった。女性の部屋の外には長蛇の列ができ、そうした状況が閉店時間まで続いた。多くの女性が疲弊、痛み、怪我、感染症に倒れ、性器から足に広がる発疹や真菌感染症などの症状が出た。同店は人身売買を問われて1年後に閉鎖された。
ドイツでは定額制の性風俗店が一般的だ〔あまりに被害が多くなったので2016年の法律で禁止された〕。ドイツ語で「tabuslos」と言うのだが、それは「タブーなし」という意味で、実際には「女性へのいかなる保護もなく、何でもあり」ということだ。その結果、ドイツでは性感染症が増加しており(HIV感染率は数年の停滞の後に上昇している)、既婚男性が妻に感染させることが普通に起きている。
ケルンにあるパシャのような性風俗チェーン店では、客の獲得を競うために、無料でセックスができるギャンブルゲームを提供している。ベルリンの売春店では、コーヒーショップのように「ポイントカード」を客に提供しており、5回の来店で50%の割引が受けられ、10回の来店で1回無料になる。
ドイツでは、利便性と倹約性の両方が重要であり、男たちはドライブイン型買春のために駐車場に行ったり、「Verrichtungsbox」(「やり箱」)と呼ばれるボックス型店舗を訪問することができる。昨年開発されたモバイルアプリのおかげで、ピザを注文するように女性を注文することもできるようになった。
売買春からつくられるポルノ
Uschi Haller Fun & Filmsという会社は、さまざまなテーマの乱交パーティーを主催して撮影し、ポルノとして一般に販売している。参加者は1人35ユーロを支払い、その中には飲食物の料金も含まれている。「娯楽」として提供される女性はすべて被買春女性である。コンドームの使用は明示的に禁止されているが、男性の素性を保護するためにフェイスマスクが用意されている。男は、最近のHIV検査の結果(2週間以内のもの)を持参するか、敷地内で簡易検査を受けなければならない。Uschi Haller のDVDタイトルのいくつかの例は以下の通りだ。『10代ティナ、妊娠6ヵ月』『ビッグ・グラブ〔大食い〕』『おしっこパーティー』『びちゃびちゃパーティー』(このパーティーでは、女性はお酒を大量に飲まされているので、女性たちはより無抵抗である)。また、オーラルセックスの合間にスパゲッティを吐くまで食べさせる「フィーディング・フレンジー」というのもある。
同社はパーティー後の写真も公開しているが、その写真には目に生気がなく、開口部に炎症を起こした女性たちの姿が写っている。これらの画像は、女性がとても楽しんでいたことを示唆するそこに添えられた言葉とは対照的である。『10代ティナ』の場合、サイトに掲載された彼女の性器の説明には、「まるでヒヒのお尻のように、真っ赤に腫れ上がっていた」と書かれている。
あらゆるところに売春店の広告
ケルンに電車で行くと、駅を出るとまず目に飛び込んでくるのが、パシャという大手売春店の広告を貼りつけたタクシーだ(以下の写真)。
ベルリンでは、バスやトラックに売春店の広告がでかでかと掲示されている。
あるいは、自動車の道路橋を渡ると、次のような光景が目に入る。
広告が禁止されている地域では、移動式の看板を載せて街中を走らせたり、看板を載せたトラックやバン、トローリーバスなどを駐車させて、住民たちが苦情を言ってくると、別の通りに移動させる(以下の写真)。
大衆文化に浸透する売春ロビー団体
ドイツには、ポルノや売買春を宣伝するテレビ番組が数多く存在する。ドイツの新聞『FAZ』は、この種の番組をずばり「記事広告番組」と呼んでいる〔「記事広告」とは新聞記事の中で特定の商品を宣伝するもの〕。
RTL IIというチャンネルでは、売買春を肯定的にとらえるリアリティ番組を放送しており、被買春女性たちが、自分たちのしていることがどれほど好きか、いっさいがどれほど刺激的かを語っている。2010年にRTL IIは、ケルンにある「ティーンランド」という売春店についての番組を放送した。この店はペド的な性的ファンタジーを提供しており、未成年者のように見えるような恰好をした女性たちが「プリンセスルーム」や「教室」と呼ばれる部屋でサービスする。YouTubeには、この売春店の5周年を記念して、ドイツの多くのセレブたちが参加している動画がアップされている。
2011年のリアリティ番組「ヴォラースハイム(ウォーラーシャイム)」は、売春店のオーナーであるベルト・ヴォラースハイムとこの「ドイツを代表する伝説的な売春店ボス」の「新しい恋」を追った番組だが、ヴォラースハイムは1990年代に人身売買で起訴されたことがある人物だ。ある被買春女性が(彼の指示で)誘拐されたのだが、彼女はもう彼の売春宿で働きたくなくなり、また新しいボーイフレンド(またはピンプ?)は移籍金を払う気がなかったのが原因だった。
このことは彼の公共的イメージを損なうものではなかったようだ。実際、ケルンでの集団暴行事件のわずか数日後、デュッセルドルフのトーマス・ガイスラー市長は、ドイツのカーニバルにヴォラースハイムの格好をして現れた。彼の妻はヴォラースハイムのパートナーに扮して(作り物の胸など)いっしょに現われた(以下の写真)。
有名な性風俗チェーン店「パラダイス」の経営者であるミヒャエル・ベレティンは、ドイツの売春店を特集した2つのリアリティ番組に出演している。「Rotlicht Tester(赤線チェッカー)」では、各売春店は、女性の質、雰囲気、衛生面などの品質チェックを受け、番組を通じて高品質シールを取得することができる。別の番組「Bordell S.O.S.」では、売春店により多くの現金をもたらすために、派遣された専門家集団が店を派手に改装する番組だ〔性風俗店版の「劇的ビフォーアフター」〕。
イギリスのチャンネル4が放送した「メガ売春店」という題名のドキュメンタリーの中で、ベレティンはカメラに向かってこう語っている。「この魂のない、すっかりいかれたビッチどもを見てください。少し前までは女たちは情熱を持ってこの仕事をしていましたが、そんな時期はとっくに終わりました」。ベレティンは2015年に人身売買、強制売春、詐欺の容疑で逮捕されている。にもかかわらず、RTL IIはこの番組を時おり放送し続けている。
ベレティンと「パラダイス」チェーンのオーナーであるユルゲン・ルドゥロフは、メディアで売買春についての政治的トークにしばしば招かれている。彼らは、「クリーンな」売買春でお金を稼ぐ「成功したビジネスマン」として表現されている。俳優、歌手、スポーツ選手は恥ずかしげもなくこの店を訪れ、ベレティンやルドゥロフと写真を撮るためにポーズをとっている〔ルドゥロフもその後、人身売買の罪で起訴され有罪となっている〕。
同様に、他のドイツの大物ピンプも王族のように扱われている。例えば、大売春宿のオーナー、マルクス・フォン・アンハルト王子はマネーロンダリング、詐欺、人身売買で刑務所に入ったことがあるにもかかわらず、400万人以上の人々が彼の Facebook ページに「いいね!」している。ドイツで最大級の売春店のオーナーであるこの「王子」は、1000人以上の売春女性を雇っている。
合法化と自由化は売買春を安全にしていない
Sex Industry Killsというサイトに記載されているように、ドイツでは2000年以降、少なくとも69人の売春女性が殺されている〔2016年初頭時点〕。これらはあくまでも報告された事例であり、記録に残っていないものはもっとあるだろう。少なくとも22件の殺人未遂事件があり、2人が行方不明になり、1人の女性が売春店で薬物の過剰摂取で死亡している。被買春女性が強姦されたり、強盗に入られたり、何らかの形で脅されたりしたという報道のないまま1週間がすぎることはない。
私たちの前にはまだまだ長い道のりがあり、苦しい闘いが待っている。ドイツのアボリショニストだけではことを成し遂げることができない。「ドイツ人は完全に頭がいかれてしまったのか?」と言ってくれる第三者が必要だ。ドキュメンタリーやレポートがドイツの実態に関する真実を伝え始めている。「セックスワーク」派のロビー団体でさえ、「ドイツ・モデル」は望ましいものではないと言っている。ドイツ人は自分たちの状況を誇りに思うのではなく、恥じるべき時が来ている。
マヌエラ・ショーンは、Abolition 2014の活動家であり、ドイツ左翼党(Die Linke)の中にLinke gegen Prostitution(「売買春に反対する左翼」)を共同設立。ヴィースバーデン在住。